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玄関に今日来る人の好きな花

 昔々の学生運動のことを思わず書いてしまった。
 ぼくの青春の大切な1ページだから、何の悔いもあってはいけないのだが、やはりどこかに悔いはある。もし、あの場にいなかったら、ぼくはどうなっていただろう。なんて思ってはいけないことを時々思う。
 激動の1ページが過ぎ、人間に一番大切なものは何だろう、と思うことがあった。長い間結論は出なかったが、それは「やさしさ」「相手に対する気配り」だろうと思った。もちろん無償のそれである。
 意外に意外、出来そうで出来ないものだ。

  玄関に今日来る人の好きな花  たけし

 こんなやさしさ、気配りがさりげなく出来る人間に、わたしはなりたかった。
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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

『わが心石にあらず』 高橋和巳

 突然、高橋和巳でもなかろうにと思いつつ書く。
 さっきウトウトしながら、「今まで読んだなかでもっとも影響を受けた本はなんだろう」と考えた。
 文学少年時代の「石川啄木」「十二少年漂流記」。少し大きくなってから「芥川龍之介」。号を「杜子春」からとって「杜子秋」などと名乗り、格好をつけていたっけ。
 そしてあの時代だ。
 ヘルメットを目深にかぶり、タオルのマスク。ゲバ棒を抱え、某大学の構内で寝泊り。あの日は新宿駅に― あの日は市谷に― そんな若い僕が経典のように抱えていた本が高橋和巳だった。
 「石を転がすよう心を転がし、迷いや憂いを払うんだ」 なんてことを友人達に声高に話していたものだ。
 それから幾年月。のら犬のように人生を歩んでいる。
 でも、(誰もいないから)叫んでみる。
 「われわれは~ まだ負けていない! われわれは~ 」。
 今夜、高橋和巳を読んでみる。泣いてしまうかもしれない。

テーマ : 読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

赤ちゃんのあくびを乗せた昼のバス

 何年かぶりに路線バスに乗った。
 用事があったわけではない。たまたまバス停の近くにいたらバスが来たので、反射的に飛び乗ったのだ。
 乗っていきなり慌てた。財布を持って来ていない。幸いポケットに硬貨が数枚。500円玉もあったのでこれなら大丈夫。
 昼のバスの乗客は5人。のんびりと時が過ぎていった。

  赤ちゃんのあくびを乗せた昼のバス

この川柳のような時間だった。

尾張人、三河人、知多人。

 尾張、三河、知多の3つを総称して尾三と呼んでいる。合わせて愛知県である。
 愛知、愛知、と言っても広うござんす― ではないが、その尾三地方それぞれで言葉も違えば風習も違う。人の気質も違う。
 尾張は織田信長、豊臣秀吉を生んだ。三河は家康を生んだ。
 尾張の名古屋城はやがて徳川御三家のひとつとして大いに栄えるが、名古屋人は家康より信長が好きなようだ。三河は家康一本にみえる。知多? これはおまけで尾三の端っこ。だって戦国時代以降、ずっと尾張の所領だから仕方がない。しかし、江戸から明治にかけて廻船や酒造が盛んで、名古屋や三河よりずっと栄えて豊かな地方だった。
 さて人の気質だが、尾張はしまり屋でしっかり者。ケチなくせに見栄っ張り。
 三河はちょっと荒っぽく、進取の気概もある。豪商も生むがヤクザも生む。
 知多はこつこつと商売や農耕に励み、小金を貯める。そして、お代官さまには何より弱い。
 大雑把にいえばそんな按配である。―とみえる。
 面白そうなので、この話、もっと続けようかな。ネタや反論をお待ちしたい。

 私かね? 私はフーテンの流れ者。金沢で生まれ育ち、東京で青春を送り、あとは神戸、岡山、東京、大阪。流れ着いたのが知多半島。♪~流れ寄る椰子の実のひとつ~ であります。
 さてお立会い! と言ったところで売る物もなし。風の吹くまま気の向くまま、その日暮らしを楽しんでいる寅三郎でございます。

テーマ : とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル : 日記

いいにくい歴史上の事実

 歴史を調べていると、意外な史実にぶちあたることがある。
 それが良いことならいいのだが、具合の悪いことや今まで誰かが隠していたことだったりすると、ちょっと困る。
 最近、江戸時代の吉原遊郭を調べていて、意外なことが分かった。吉原の遊郭の主の多くが尾張の人、それも知多半島の南知多、豊浜の人が圧倒的なことが分かった。
 今、裏を取っている最中なので答は書かないが、これなんかががちょっと困る史実なのだ。
 昔々のことで、遊郭は立派な職業。それも吉原は公認の場所。そこで商売をしようがしまいが、誰に責められるものではないが、仕事が売春の幇助なのだから世間体は悪い。まして南知多町などという小さな町だから、そんな噂がたって欲しくはなかろう。
 少し、ちゅうちょはするが、なぜ豊浜なのかを調べてみたい。
  豊浜=千賀氏=水軍=内海廻船=米や酒を運ぶ=他のものも運ぶ=尾張藩の影。
 ちーと面白くなった。自分自身を励ます意味で、ここに公表するのだ。

テーマ : 歴史・時代小説 - ジャンル : 本・雑誌

篠島

世間でいう大型連休の10日間、ずっと缶詰だった。こんなこと何年ぶりだろう。椅子に座布団を3枚積んで、あぐらを書いてパソコンに向っていた10日間。すっかりストレスも溜まり、血糖値も大変なことになっているだろう。
 ストレス解消に篠島に出かけた。篠島は知多半島の先端近くにある小さな島だ。
 私はこの島が好きだ。
 師崎港から高速船で15分弱。船から降りると山頭火の句碑がある。句碑といっても愛好会の方が建てた、山頭火が篠島で詠んだ7~8句を紹介してあるものだ。とてもきれいな字で彫られているが、もっといい句はなかったのかい、と言いたくなる。「篠島でこんなにいっぱい詠んだ」と言いたいのならそれは逆。良い句を1句でいいから選抜して句碑にしないと山頭火が泣く。
 ぶつぶつ言いながら旧の篠島小学校の体育館の裏手に行く。廃校で雑草。蛇でも出ないかと心配しながら行った。
 体育館の裏手の狭い一角に、20基ばかりの小さな墓が並んでいる。ここがいい。
 篠島は尾張藩時代、流刑の島だった。ここへ流されて来るのは尾張藩に都合の悪い、いわゆる政治犯。ここで亡くなった政治犯たちは名古屋に尻を向けるかたちで墓を建てているのだ。
 10年ほど前に縁あってこの場所に来て以来、妙な親しみを感じ、時々通っている。前は荒れ放題だったが今回は掃除して、水も供えてあった。気にかける人ができたようだ。ちょっと嬉しい。
 篠島には、「帝井」「清正の岩」「万葉の丘」「おんべ鯛」などもあるので、ボチボチ紹介したい。
 帰りは海の見える食堂で魚とビール。店を出て、こうなご売りのおばさんをひやかしながら、缶ビールを手に船を待つ。いつものことである。

 *写真も紹介したいが、うまく貼り付けられそうもないので、やめておく。

テーマ : 歴史・時代小説 - ジャンル : 本・雑誌

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