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ふるさとは遠きにありて思うもの

犀川

美しき川は流れたり
 そのほとりに我はすみぬ
 春は春、なつはなつの
 花つける堤に坐りて
 こまやけき本の情けと愛とを知りぬ
 いまもその川のながれ
 美しき微風ととも
 蒼き波たたへたり

室生犀星「犀川」より


 写真は、わがふるさと金沢。犀川。
 犀川の流れがカーブするちょうど上あたりにぼくは住んでいた。W坂という文学者にはよく知られた坂があるあたりだ。
 もう、帰る家もなくなったが、年の瀬になると思い出してやまないのが故郷である。

  
                     
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テーマ : 詩・ことば - ジャンル : 小説・文学

「まるは食堂」うめさん奮闘記

相川うめ

 ああ忙しかった。
 久しぶりに「現役並み」のバタバタ。名古屋、東京と動き回っていて体力の衰えをしみじみ感じた。
 「年だねえ~」。
 やっと少し落ち着いて書棚をみると、『潮風の一本道』(三田村博史著・風媒社)が目についた。まるは食堂の名物女将・相川うめさんの一代記だ。「まるは食堂」は知多半島の人なら誰でも知っている店。大きなエビフライで有名だ。最近はずいぶん大きくなって名古屋や中部国際空港にも出店している。
 うめさんは夫に戦死され、残された2人の子どもを養うため、ブリキの缶に地元の魚を入れ名古屋に行商に出る。そこから始めての細腕繁盛記、女将奮闘記である。成功して90歳を過ぎて店頭に出て接客し、店の中のいらぬ電灯を消して歩いたそうだ。
 対してぼくは…… 疲れたよ~、しんどいよ~ と愚痴ばかり。無駄な電気など消したことはない。とてもうめさんの真似などできない。
 これより、コタツでごろりと横になり、うめさんの頑張った一代記を読んでみよう。少しは働き者になれるかな?
 まあ、無理だろうね。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

東京、下町、神田川。

東京・下町

 東京に行ってきた。
 用事はすぐ済んだので学生時代住んでいた田端、江古田あたりをぶらぶらして来た。懐かしい東京の下町がまだ残っていた。
 六本木ヒルズもあるがボロアパートもある。これが東京だ。
 学生時代、こんなアパートに住んでいた。同居者は2人のはずだが、いつも違う顔ぶれが3、4人寝泊りしていたものだ。時には10人近くも4畳半に詰めかける。何の話? 決まってるじゃないか「明日の日本」や「世界の平和」を論じていたのだ。(徒労だったけどね)
 そんな無粋な男たちだったが、誰かの彼女が来ると、示し合わせたように部屋を空けて、二人っきりにしてあげたものだ。外に出た男連中は公園のブランコの前でぶるぶると寒さに震えながら時を過ごしたものだ。
 そんな思い出が湧いた、懐かしい東京行きだった。

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半田・赤レンガ建物

赤レンガ

 地元に住んでいるが、ゆっくり見たこともなかった。半田市にある「半田赤レンガ建物」である。市街地にあるが周囲にビルなどもなく、なかなか良いロケーションを保っている。
 明治31年ビールの醸造工場として建設された。ここで醸造された「カブトビール」は日本で有数のシェアを誇っていたという。
 昭和18年に軍需工場・中島飛行機半田製作所の衣糧倉庫になり、米軍の空襲を受けている。壁にはその時の弾痕も数多く残る。
 気持のいい明治建築物だが、名称は「半田赤レンガ建物」。そのまんまだ。わが郷土・半田市のセンスのなさをそのまま表している。

テーマ : 愛知県 - ジャンル : 地域情報

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