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幸せの風を求めて 榊原弱者救済所  西まさる

幸せ本

 オビの文言を引用する。

 これは、明治から昭和初期の話。
 「食べさせられない」という理由だけで、子どもたちが、重度の障害者たちが、道に捨てられていた。
 行くあてのない極貧の人や出獄人、帰る家を失くした女性も道端に座っていた。
 そんな弱い人たちが安心して暮らせる新しい村を作ろうと奮闘した男の話である。


 これだけでゾクゾクとする物語だ。
 奮闘した男は、榊原亀三郎。彼を応援した人は、暴れ天龍の治水、更生保護の父・金原明善や、日本デンマークの山崎延吉と来るのだからたまらない。ましてヤクザだった榊原亀三郎を一流の人間に育てあげたのは山岡鉄舟の門下。それに中津藩の武士で、「前科一犯の刑務所長」川村矯一郎がからむ。
 これぞノンフィクションの醍醐味だろう。
 読んで損はない一冊だ。
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百万円の茶碗

茶碗

 友達がぶらりと寄った。風呂敷包みを持っているので、何かと聞いたら、「抹茶碗の骨董だ」という。
 「へえ~。良い物なの?」
 「まぁまぁだよ。クロ織部で、なかなか珍しい品だ。沓茶碗っていうんだ」
 「へえ~。見せてよ」
 と出してくれたのが、これ。
 「茶碗は丸いものだろうが、これ三角だね」
 「だから珍しいのよ。茶入れも織部でいい品物だよ」
 「へえ~。いくらくらいするの?」
 「百万円で買って来た」。
 ドキ!
 ふん! もうお前となんて付き合わない―― と心で思ったが、言葉もなく、しげしげと見つめるぼくでありました。
 冗談なくてそんな値のつく骨董品だって。
 まあ、気は知れないよ。
 どうぞよかったら見て。見るのはタダ。

昭和20年8月15日 終戦の日に

終戦の日

 はんだ郷土史研究会が「昭和20年8月15日 終戦の日にあなたは何を?」というアンケートを集めている。
 その日、玉音放送をどこで聴きました? どう思いましたか? 主にはそんな内容だ。しっかり統計がとれれば当日の半田市の人々の動きが見えるだろう。
 ぼくはその日はこの世にいないのでアンケートに答えようがない。でも終戦の日には興味が尽きない。
 いろいろなことを考えるのだが、いつも思うのは玉音放送を民衆が聞いている写真。よく知られたものがいくつかあるよね。それに皇居前広場で土下座して人々が悲しんでいる写真も知られている。
 それらの写真、掲出の写真もそうだが、みんな身なりも良いし、髪も刈ってさっぱりしている。これは東京の四谷でのものとあるから、当時、東京は焼け野原。こんな、こざっぱりした服装で居られたの? といつも思ってしまう。
 天皇の放送があるので全員、散髪に行って、タンスから新しい服を出し―― かもしれないが、ヤラセかもしれない。
 文句を言っているんじゃない。いろんな歴史があってこそ面白い。
 

戦時中の戦争賛美本「皇国の軍備と国勢」

皇国本

 凄い本が手に入った。第二次世界大戦に突入寸前、昭和9年発行のの戦争賛美本である。
 なにしろ満洲、中国ではすでに戦争状態。やがて全面戦争になることは国も国民も分かっている頃の写真集だ。
 本の内容は、「わが国の誇るべき強力な軍備」「どこにも負けない完璧な制空、制海」そして「天皇賛美」。ともかく、この本(ほとんどが写真)を読んでいると、今でも「神国日本は無敵!」と誘導されそうになる。また逆に、この戦争の結果を知っているだけに悲惨さも強く感じる。
 賛否両面で大切にしたい一冊。ああ戦争である。
 横大版、142ページ、カラーページもある。また3方が金の超豪華本。大きさの比較のためにサインペンを置いた。

吾輩は犬である。

愛犬①
 吾輩は犬である。名前はリン。なぜリンなのか聞いたことがあるが、飼い主どもは答えなかった。
 なぜ答えないのだろうと不思議に思ったが、彼らはまだ、吾輩の言葉がわからないようだ。もっと勉強をしてもらいたい。まことに不自由である。
 吾輩の方は飼い主どもの言葉はよく分かっている。だって10年もいるんだもの。
 この前、飼い主どもが言い争っていた。実につまらないことが原因だ。何が原因って? 忘れた。
 そういえば今朝、飼い主の女の方が、「熱っぽい、風邪かしら」と言っていた。
 大丈夫かな…吾輩のメシは。
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