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清水次郎長と次郎長地蔵

次郎長地蔵

 『清貧おやじ』さんのブログを見ていたら、森の石松の墓に参って来たという。
 ぼくは触発されて、清水次郎長の「次郎長地蔵」へ行って来た。
 久しぶりだった。
 地蔵のあるのは半田市乙川の光照寺。その境内にある。
 この辺り、乙川は、次郎長と保下田の久六が決闘した場所。ここ光照寺は久六が息を引き取った所だ。

 次郎長側は、大政、森の石松、緒川の勝五郎の4人。
 久六側は7名いたという。

 チャンチャンバラバラの末、次郎長側の圧勝。
 久六は仕留めたが、次郎長の方は役人に追われ、これより数年は全国を逃げ回るはめになったという。

 こんな話のネタは『次郎長と久六』(西まさる著)からだ。
 その西さんが、この6月19日、半田市の乙川公民館で
 「次郎長と知多半島の子分たち」を講演するというから聴きに行くつもり。

 ちなみに次郎長の妻・お蝶も、次郎長の養女・おけん もここ乙川村の人だって。知ってた?



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唐人お吉 「♪お酒だよ~ お酒をおくれ」

唐人お吉像

 久しぶりに南知多方面に行った。
 いいところだ。ぼくの好きな空気がどこかにある。

 唐人お吉の生家跡、生家の墓、写真の碑が残っている。

 お吉(斎藤きち)は7、8歳でこの地を離れ伊豆の下田に移住した。
 そして生計を助けるため芸者に。下田随一の美人芸者、超売れっ子になったという。

 時は幕末。黒船でハリスがやってきて下田に駐留。開国を迫っていた。

 その交渉の段階で〝道具〟に使われたのが美人芸者お吉だった。
 ハリスの許に贈られたのである。有無を言わさぬ国策「お国のため」の一言であった。

 だが、たった3日でハリスの所から帰された。その訳は諸説あるが… ともかく返品!
 返品された芸者に世間の目は厳しい。
 「毛唐と寝た女」「唐人お吉」と揶揄されたのである。

 そうなるとお吉の逃げ場所はお酒。酒びたりの毎日となる。
 やがて乞食のような姿で街を徘徊するお吉。

 「お酒だよ、お酒をおくれ~」

 お吉は淵に身を投げて自殺。
 国策に利用しようとした幕府に殺されたのか、世間の風に殺されたのか。
 なにやら、やるせない話である。

テーマ : 詩・ポエム - ジャンル : 小説・文学

花筏

花筏
花いかだ


 友人が川崎市の某所で撮った「花筏」の写真を、「一人で観るのはもったいない」と送ってくれた。
 ぼくも一人で観るのがもったいないので、ここに載せる。

 花と水、花の流れ。

 幸せなのか無常なのか…
 観る人次第ですな。


テーマ : 小さなしあわせ - ジャンル : 日記

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